地震その後

地震発生後1週間が過ぎました。その後いかがですか?どうでしたか?というメール等いただいておりますのでブログに書こうと思います。

未だ余震があり、書き込み中「おおっ~~~」という際は中断させていただきます。

11日地震発生のその瞬間はいつものように作業をしておりました。私の住む街も震度6の大きな地震が。
何年か前に岩手宮城内陸地震のときは、震度5強で下から突き上げるような感じの地震でしたが、今回は「ド~ン」という大きな音が鳴ったかと思ったら立ってられないほどの横揺れ。

重いたんすが動き出し、私は2階にいたのですが下の階の物が次々に音を立てて倒れ割れていくのが聞こえました。母が下におり心配になり、階段を一気に駆け下り母を連れて外に出ました。
電柱が倒れるような尋常ではない揺れ、車も歩いている人もその場にしゃがみ、長い揺れを祈るような思いで待ち続けました。幸いなことに外に出ていた父も5分後には自宅に戻り、停電に対応できる物資をぐちゃぐちゃになった家の中を探しまわり、とにかく寝る場所を確保しました。

ここからは3日間停電のため、寒さと余震におびえる日々でしたが、4日目の夜に電気がつきほっと安心。
テレビを観ると今回の地震が津波なども含め、驚くばかりの光景がそこにはありました。

今現在電気も繋がり大分落ち着いてはおりますが、海側の方々の事を思い、極力節電、節水、暖房も使わないようにしている毎日です。被害の少なかった内陸に住む人達は、ガソリンのないことももちろんですが、物資や燃料が海側にスムーズに運べるよう、自宅待機という感じです。

家の親族はほとんど仙台市、宮城県沿岸に住んでおります。昨夜やっと全員の安否が確認されました

津波が襲い、おばあちゃんを背中におぶって山道を駆け上がったおじさん、仙台市内の川が逆流し家のぎりぎりで水が止まり間一髪だったおばさん。身近な人々にも被害がありました。

家の一族は元々東京の下町でしたが、3月10日の東京大空襲により仙台に疎開しました。疎開した仙台の地で3月11日に大地震に合うとはなあ~と驚きです。

色々書きたいことはあるのですが、上手くまとめられません。ただ震源地に近い私のところに温かなメールやお電話を下さった皆々様には本当に感謝しております。

今後色々なこと、甘えてしまう事があるかもしれませんが、どうかできる範囲で結構ですのでお力をいただけますよう何卒宜しく御願い致します。

あっそうそう1つ、温かなメールやお電話以外に残念な連絡がありました。、札幌のカニの会社の電話です。食料がなくなり困っている状態で今すぐ送れるのならまだしも、災害が落ち着いて4月以降ならそちらにも送れるでしょうと言う何だか残念な電話での営業でした。北海道は影響がなかったから、そのような事を言えるのでしょか?被災地にはどうかそのような心ないお電話はご遠慮ください。商魂たくましいものです

1日も早く皆に笑顔が戻れる日を待ってます。必ず
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